近頃、ファッションでも趣味でも、流行はさておき自分のスタイルを確立する人が増えてきた感じがします。日本人の良くも悪くも癖のような「周りと一緒が安心」な感じが、一部で薄れた感じがあったのは気のせいでしょうか。「ありのままで」が世界中で大ヒットしたのも、みんな本当は疲れているからじゃないのでしょうか。
それでも「プラス思考・ポジティブシンキング」は、いつの時代も変わらず「暗黙の常識」になっているようです。
(体験から感じる管理人の独り言です)
みんな本当にそんなに幸せなの?
人は、楽しそうな人に寄って行く傾向にあると思います。
特に、ムードメーカーであり、リーダー的存在の楽しい人は、人前で弱音を吐いたり、誰かの悪口を言うこともなく、努力家で、地域社会に貢献し、家庭も円満で・・・・一見完璧なのです。
本当に心からそうしているのであれば問題ないのだと思います。本当に悩みも無く、パワフルで健康で家庭内に問題も無いなら、是非そういう人には活躍していただきたい。
でも、そんな人はいたとしてもごく一部。
誰だって家庭内に問題を抱えているし、知られたくない過去があるし、見られたくない物があるし、ストレスをかかえているし、お金の問題だってあるし、病気、障害、子育て、介護、人間関係、確執・・・なにかしら問題があるはず。
それでも、もしも「嫌われたくない、人を傷つけたくない、幸せだと思われたい、完璧でいたい、優越感に浸りたい・・・」とかいう理由でプラス思考で頑張っているとしたら、そんなことは一生は続けられないかも。
マイナス思考、ネガティブな思考があってこそ人間。そういう面が無いなら天使か神様。
よく耳にする「あんな真面目な人が」「あの人に限ってそんなことは」という声。残念なニュースが多いです。もしかしたら根はやさしく、ものすごく頑張っていた人かもしれません。
過度のプラス思考はマイナス思考の裏返し
徐々に力を抜くと言っても、真面目な人が力を抜くと、とんでもないことになることがあります。
今まで頑張ってきた努力の大きさと比例しているかのように「ドカーン」と力が抜けてしまって、中には「もういいや」「どうでもいいや」「なるようになれ」と開き直るかのようにはじけてしまう人が・・・
それだけ頑張ってきた証拠かもしれません。
しかし、そうすると今までの頑張りが水の泡でもったいない!
せっかく今まで頑張ってきた頑張り屋さんには、損はしてほしくありません!
このブログは散々「バランス バランス」しつこくうるさいのですが、やっぱり「バランス」だと思うのです。安定とも言えるでしょうか。
心のバランスが保てる程度なら力を抜いたっていいじゃないと言う話です。
いつも楽しそうな人が、もしもマイナス部分を「外に出さないように、周りに心配をかけないように」しているのだとしたら、いつかプッツンとキレてしまうかもしれません。真面目な人が突然キレるのは過度のがまんかもしれないからです。
せっかくプラス思考で頑張っていたのに、頑張りすぎた結果そのような結果になってしまったら、それは無理やりのプラス思考。マイナス思考にならざるを得ない事まで無理やりプラスに見せることはないと思います。
個人的に、すごくつらいのに「本にこう書いてる」とかプラスの言葉ばかり集めて必死に頑張っていた時がありましたが、心は枯れ果てていました。悲しいものは悲しいと認めたら楽になりました。
何もできなくなったら
管理人は以前自分ではどうしようもできない問題に遭遇したのですが、その時に心が貝のように閉じてしまいました。すると何もできなくなってしまいました。
しかし、何もできない状態で精神的にも追い詰められたとき、「手を動かせばいい」と言う言葉に救われたんです。
この「手を動かせばいい」という言葉を発した人物は、「片付けは手を動かせばいいい」と言ったらしいのですが、その時の管理人には、まるで天の声のように
「心が動かせない時は、手だけ動かせばいいのよ」
という風に聞こえたんです。
なんて都合のいい解釈かと思いますが、人間というのはどん底に行くと後は上がるしかないのでしょうね。ある時、ふっと勝手にプラス思考になるようです。
だから、みずから自分を奮い立たせて、頑張ってプラス思考になる必要はない
と感じました。
さて、心が閉じてしまった管理人は、心をお休みして、手に「動けるならどうぞ好きにして」と解放したわけです。(動けないならそのままでOKだと思っていました)
すると手は、まず片づけをしました。
心の整理をするように。
人によって違うと思いますが、管理人にはなんらかの片付けが必要だったみたいです。(子供のころ、テスト前になると片付けていたものだと思い出に浸りながら片付けました)
でも、ここで「そうか!やっぱり片づけが大事なんだ」とは思いませんでした。
その時は片づけが必要だっただけ。
極端に走ると後が大変だと思えてからは、極端に一つのことに走りにくくなりました。もちろん、いろんな分野のエキスパートはその道を極めていますが、管理人は自分に向いている分野が見つかっていない(もしくは何かひとつを究めるに向かない)ので、それならそういうことで、ありのままで行こうと思ったわけです。
どうしても世間体があって、いつもニコニコしていなくてはいけない人も多いと思います。仕事上とか、子供のためにとか。
そんな時は体にそう動いてもらって、心はお休みさせてほしいです。顔が引きつるようなら時には病気を理由に本気でお休みしたっていいと思います。
社会のモデルどおりに生きなくてはいけないと思い込んでいる人が多いと思います。
いい学校を卒業して、結婚して、子供をむかえて、家を買って、家事をして、仕事もして、地域社会も大切にして・・・・
あれもだめ、これもだめ、常識から外れてはいけない・・・
たくさんの事を全てこなして、しかもプライベートも充実させるなんて不可能です。何故なら日本においてはどれも過剰にみんな頑張りすぎるからです。情報で頭でっかちになって、人目を気にして行動するから、ただ忙しく動けばいいというわけでもないわけです。
一生懸命生きているのに、誰かを傷つけないように頑張ってきたのに、誰かのために言えないことを言わなかったのに、誤解されて、有りもしない噂をされて・・・
となりがちな世の中です。
だから手だけ動かして心をお休みさせる。そして時に手も休めたいです。
いざというときのための備え
本当に耐えられなくなった時、最終手段として、どこか新天地に移動できるだけのお金は確保しておきたいです。
時々、こうした行動を「逃げるの?」と批判する意見もありますが、「逃げる」のと、「後で爆発して周りに迷惑をかけてしまわないように行動する」のとでは全然違うと思います。
キレてしまってから「あの時環境を変えていればよかった」と後悔したくありません。爆発後は「つらかったね」という優しい声は少なく、「バカだね」と冷たい声の方が多い。それなら爆発前に避難して「逃げた」と思われたほうがまだマシだと思います。
「どこかへ避難できる手段を準備しておく」ことで心にゆとりができて、いい方向に行くかもしれません。
防災グッズの備えと同じくらい大切。どちらも自分を守るための備え。それで心のバランスがとれるかもしれないのだし。
ということで、プラス思考ばかりじゃ疲れちゃうし、マイナス思考ばかりでも疲れちゃうなら、どちらでもなく自分なりのバランス志向でどうでしょう。
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